東北環太平洋大地震についての検討会議でどこのエリアの人を受け入れるかでの情報収集を16日に行ったが、この時点では宮城の山元町が甚大な被害を受けていることから、そこにしぼった方が良いだろうとなったが、連絡がつかない。しかし、必要な物資は検討がついているので、町民に夜のうちに防災無線でお願いした。
驚いたことに、翌朝17日には続々と町民の方が支援物資を届けてくれ、記帳してくれた人だけでも2000人弱。受け入れ態勢が間に合わず役場OBが手伝いにきてくれ、現職とともに議員さんも手伝ってくれ、終日受け入れに追われた。保健センターで受け入れたのだが、考えてみれば、町の世帯の25%の人が物資を寄付してくれたことになる。しかも、たった一日で。
こんなすごい町民がいるのは中之条だけだとは言わないが、極めてすごいことだと思う。そして、この物資を一日も早く届けたいとの思いが通じ、山元町と連絡が取れた。私も山元町の斎藤町長と電話で話すことが出来、物資の輸送と受け入れ態勢があることを伝えた。 17日に町民からいただいた物資は仕分けされ、トラックに積み込みその日の24時に出発することが決まった。今回は関副町長、野村総務課長、劔持博物館館長、宮崎経済産業課農林チームリーダー、そして、安原議員、樋田議員、山本日出男議員で車両3台の編成である。